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最高裁判所第一小法廷 昭和40年(オ)14号 判決

主文

原判決中上告人の敗訴部分を破棄する。

右部分につき本件を札幌高等裁判所に差し戻す。

理由

上告人の上告理由について。

商法五〇四条は会社代表機関の代表行為にも適用されるから、代表者が会社のためにすることを示さないで代表行為をした場合でも、それによつて、会社と相手方との間に有効な法律関係が生ずるものといわなければならない。しかし、相手方において代表者が会社のためにすることを知らなかつたときは、過失により知らなかつたものでないかぎり、同法但書によつて、相手方と代表者個人との間にも右と同一の法律関係が生じ、相手方が会社との法律関係を否定して代表者個人との間の法律関係を主張したときは、会社は、もはや相手方に対し、会社と相手方との間の法律関係を主張することはできなくなるものと解すべきことは、当裁判所の判例の示すところである(昭和四一年(オ)第一〇号、同四三年四月二四日大法廷判決、民集二二巻四号一〇四三頁参照)。

これを本件について見るに、被上告会社の本訴請求は、その代表取締役Dが被上告会社の代表者として上告人との間でした取引行為を原因とするものであるところ、原審の認定によれば、被上告会社主張の取引にあたり右Dが会社代表者として取引する旨を上告人に告げた事実はなく、上告人は被上告会社の設立すら知らず、D個人が営業しているものと考えて取引したというのであり、かつ、本訴において、上告人が被上告会社との間に右取引による法律関係の存することを否定し、右法律関係はD個人との間のものであると主張していることは、記録上明らかである。したがつて、本訴請求の当否は、右Dのした取引行為が会社代表者としての行為であることを知らなかつたことにつき、上告人に過失があつたか否かにかかることとなる。

しかるに原審は、商法五〇四条但書を叙上と異なる趣旨に解し、上告人の右過失の有無につき主張および立証を尽くさせることなく、前記Dが被上告会社の代表者としてした取引行為によつて生じた会社との間の法律関係を上告人において否定しうる余地はないものと速断しているのであるから、右法条の解釈適用を誤まり、ひいて審理不尽・理由不備の違法を犯すに至つているものといわなければならず、右の違法は原判決の結論に影響することが明らかであるから、論旨は右違法をいう趣旨と解しうる限度において理由があり、原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして、叙上の見解に立つてさらに審理を尽くさせる必要があるので、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎)

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